大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成3年(行ケ)104号 判決

原告 石原義正

右訴訟代理人弁理士 新実健郎

同 村田紀子

同 橋本昭二

被告 株式会社 和菓子村上

右代表者代表取締役 村上良昭

右訴訟代理人弁護士 須藤英章

同 岸和正

主文

一  特許庁が、同庁昭和五三年審判第一一四九二号事件について、平成三年三月一四日にした審決を取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

主文と同旨の判決

二  被告

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

第二請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

被告は、「白山雲竜」の文字を横書きしてなり、第三〇類「菓子、パン」を指定商品として、昭和四九年九月三〇日商標登録出願、昭和五二年一二月二日設定登録、昭和六二年一一月一七日商標権存続期間の更新登録がされた登録第一三一四四八七号商標(以下「本件商標」という。)の商標権者である。

訴外石原留治郎は、昭和五三年七月二五日、被告を被請求人として、本件商標を無効とする旨の審判を請求したところ、特許庁は同請求を昭和五三年審判第一一四九二号事件として審理した。

訴外石原は、昭和六〇年五月二八日に死亡したため、同人の相続人である原告が、審判請求人の地位を承継した。

特許庁は、前記無効審判請求事件について、平成三年三月一四日、「本件審判の請求は、成り立たない。」旨の審決をし、その謄本は、同年四月二五日、原告に送達された。

二  本件審決の理由の要点

(一)  本件商標は、「白山雲龍」の文字を左横書きしてなり、第三〇類「菓子、パン」を指定商品として、昭和四九年九月三〇日に登録出願、同五二年一二月二日に登録、その後、同六二年一一月一七日に商標権存続期間の更新登録がなされているものである。

(二)  請求人(原告)が引用した登録第四二四四七三号商標は、「雲龍」の文字を縦書きしてなり、旧第四三類「菓子類」を指定商品として、昭和二六年一一月一〇日に登録出願、同二八年四月二二日に登録、その後、同四八年一二月二五日および同五八年七月二五日の二回に亘り商標権存続期間の更新登録がなされているものである。

同じく引用した登録第九七〇一九五号商標は、「雲龍」の文字を縦書きしてなり、第三〇類「菓子、パン」を指定商品として、昭和四四年六月二五日に登録出願、同四七年七月四日に登録、その後、同五七年九月二二日に商標権存続期間の更新登録がなされているものである。

同じく引用した登録第九七〇一九六号商標は、「雲龍」の文字を左横書きにしてなり、第三〇類「菓子、パン」を指定商品として、昭和四四年六月二五日に登録出願、同四七年七月四日に登録、その後、同五七年九月二二日に商標権存続期間の更新登録がなされているものである。

同じく引用した登録第一〇九九一九五号商標は、「うんりゅう」の平仮名文字を縦書きしてなり、第三〇類「菓子、パン」を指定商品として、昭和四六年六月二五日に登録出願、同四九年一二月九日に登録、その後、同五九年一二月一四日に商標権存続期間の更新登録がなされているものである。

(三)  請求人(原告)は、「本件商標の商標登録を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする。」との審決を求め、その理由を次のように述べ、証拠方法として審判甲第一号証ないし第四号証を提出した。

ア 請求人(原告)の所有する前記引用した各登録商標は、いずれも「ウンリュウ」の称呼と「雲龍(雲の中の龍)」の観念を生ずるものである。

イ これに対し本件商標は一応「ハクサンウンリュウ」の称呼と「白山の雲龍」の観念を生ずることが認められる。しかしながら本件商標の構成文字中、「白山」の文字の部分は岐阜県と石川県の県境の著名な山名である「白山」の語であることが直ちに理解でき、「白山」と「雲龍」の間には有機的な結合の必然性がなんら認められないので、「白山」及び「雲龍」の部分がそれぞれ分離して要部として観察される可能性が大きく、したがって本件商標からも「白山」の部分を省略して単に「雲龍」の部分から「ウンリュウ」の称呼と「雲龍(雲の中の龍)」の観念を生ずるものである。特に「白山」は前記のように著名な山名であって、本件商標の指定商品との関係においては産地あるいは販売地表示機能が強く、省略されて観察される可能性が強いことに鑑みても明らかである。

ウ なお、請求人(原告)は本件商標と類似し指定商品も接触(抵触の誤記と認める。)する商標登録第四二四四七三号、同第九七〇一九五号、同第九七〇一九六号および第一〇九九一九五号の商標権利者であるから利害関係を有することは明らかである。

エ したがって、本件の商標登録は商標法第四条第一項第一一号の規定に違反してなされたもので、同第四六条第一項第一号の規定によりその商標登録は無効とされるべきである。

(四)  被請求人(被告)は、何ら答弁していない。

(五)  よって按ずるに、本件商標は、前記した構成よりなるものであるところ、その構成文字が、請求人主張の如く「白山」と「雲龍」の二語よりなるものと理解され、構成全体をもって熟語的意味合いを表したものとはいえないとしても、「白山」と「雲龍」の各文字は、その書体、大きさ、間隔からみて、その間に主従、軽重の差なく表されており、全体をもって称呼する場合にも「ハクサンウンリュウ」と自然に称呼され、左程冗長にすぎるものともいえないものである。しかも、構成中の「白山」の文字部分は、請求人主張の如く、富士山、立山に並び日本の三大名山の一つとして知られているとしても、このことをもって、これが直ちに指定商品の産地、販売地を表わすものとして一般的に認識されているものとも認め難く、「白山」の文字(語)が、指定商品の産地又は販売地を表示するためのものとして、普通に使用されているという事実も見出せない。

また、他に、本件商標構成中の「雲龍」の文字部分のみが独立して認識されるとみるべき特段の事由も見出せないところである。

してみると、本件商標は、単に「ウンリュウ」(雲の中の龍)の称呼、観念が生ずるものであるということはできないものであるから、該称呼、観念において、引用の各登録商標に類似するものということができない。

したがって、本件商標は、商標法第四条第一項第一一号の規定に違反して登録されたものでないから、同第四六条第一項の規定により、その登録を無効とすべきではない。

三  本件審決を取り消すべき事由

(一)  本件商標中、「白山」の文字は、富士山、立山と共に三名山の一つとされる「岐阜県と石川県に跨がる休火山」の謂であり、また全国に存在する「白山神社」の総本山の所在地としても知られており、さらに、「白山」の山自体、及び「白山神社」を含めて「白山」地方は観光地ないし観光名所としてもよく知られている。

(二)  ところで、本件商標の指定商品である「菓子類」については、各地の地名(特に観光地の地名)をその商品名に冠したり、名物の文字とともに全国各地において商品の産地、販売地を表す文字としてしばしば使用されているのが実情である。

(三)  してみると、本件商標は、これがその指定商品に使用されるときは、これに接する取引者、需要者は、上記のような実情からして、本件商標中の「白山」の文字は、商品の産地、販売地を表した文字として理解し、後半の「雲竜」の文字部分を捉えて、これにより生ずる「ウンリュウ」の称呼のみをもって取引に当たる場合も決して少なくないとみられるものである。

(四)  また、本件商標の構成文字が「白山」と「雲竜」の二語よりなるものと理解され、構成全体をもって熟語的意味合いを表したものとはいえないことは本件審決が認定したとおりであり、これを全体をもって称呼した場合、その称呼「ハクサンウンリュウ」は九音という比較的冗長にわたる音であるから、これは「ハクサン」と「ウンリュウ」の二音節に分断して発音される可能性が高いものである。

(五)  さらに、本件商標の有する観念についてみても、地名を表示する文字であることが明らかな「白山」の部分と、「雲の中の竜」という極めて強い顕著性を持つ部分とでは、自ずから看者に与える印象力に差異があり、本件商標から単に「雲竜(雲の中の竜)」の観念をも生ずる可能性が大きいといわなければならない。

第三請求の原因に対する認否及び主張

一  請求の原因一及び二の事実は認める。

二  同三の主張のうち下記認める部分を除きいずれも争う。本件審決の認定判断は正当であり、原告主張の違法はない。

(一)  請求の原因三(一)の主張中、「白山」が三名山の一つである白山の観念を有することは認める。白山の所在地一帯を「白山」地方と呼ぶこともないではないが、「白山雲竜」と表示した場合には、地域ないし地名としての白山を想起するものではなく、神聖な山としての白山を背景にした雲の中の龍を観念するはずである。

(二)  同(二)の主張は認めるが、本件には関係がない。

(三)  同(三)の主張中、「白山」の文字が商品の産地、販売地を表すとの主張は争う。現に、本件商標を冠して被告が製造販売している菓子は白山神社やその近辺で製造されているものではなく、同地を拠点に販売されているものでもない。

なお、菓子類については、「白山」の文字のみをもって構成される商標も登録されており、また、同じく三名山の一つである「立山」の商標も登録されている。この点からしても、原告の主張する実情及び需要者の理解は全く事実無根であり、「白山」は商標としての顕著性を有するものである。

したがって、本件商標に接する取引者、需要者が「ウンリュウ」の称呼のみをもって取引に当たる場合が少なくないとの原告の主張は失当である。

(四)  同(四)の主張は争う。「ハクサンウンリュウ」は決して冗長ではなく、一息に自然に称呼され、決して二音節に分断して発音されるものではない。

「白山」と「雲竜」とが構成全体をもって熟語的意味合いを表したものとはいえないとの点も不当である。「山」と「雲」とは無縁のものではなく、観念的に結合する要素の強い語であり、また、「白山」は「霊山」として著名であり、「雲に乗って昇天する竜」を意味する「雲竜」とは観念上熟語的意味合いが認められ、構成上も主従・軽重の差なく表され、「ハクサン」と「ウンリュウ」の二音節に分断して発音すべき合理的理由は存在しない。

また、本件商標は、外観上も極めて統一的にまとまりよく構成されており、外観上も「白山」と「雲竜」とを分離して観察すべき合理的理由はない。

(五)  同(五)の主張は争う。「雲竜(雲の中の竜)」の部分のみが極めて強い顕著性を持つとの主張は事実に反する。「白山」と「雲竜」に顕著性の差異がないことは前記のとおりで、看者に与える印象力においても軽重がない。現に、被告の菓子を買い求める顧客の中には、正確な名称を忘れて「『ハクサン何とか』を下さい」と言ってくるものもいるくらいである。

また、観念も前記のとおり、単なる「雲竜」とは異なる「白山雲竜(霊山として名高い白山に棲む雲の中の竜)」なる独自の観念を生ずる。

第四証拠《省略》

理由

一  請求の原因一及び二の事実(特許庁における手続の経緯及び本件審決の理由の要点)については当事者間に争いがない。

二  そこで、取消事由の存否について検討する。

まず、本件商標の構成についてみるに、《証拠省略》によれば、本件商標は、別紙記載のとおり、「白山雲竜」の文字を、同一の書体、同一の大きさをもって等間隔に横書きしてなることが認められ、本件商標が「白山」と「雲竜」の二語よりなるものであることはその構成自体から明らかであるが、「白山」と「雲竜」の各文字は、その書体、大きさ及び間隔からみて、その間に主従の関係及び軽重の差は認められない。

次に、本件商標の観念についてみるに、《証拠省略》によれば、本件商標中の「白山」の文字は、岐阜・石川の両県に跨がる山であって、富士山、立山とともに日本の三名山の一つとされる白山を観念すること、また白山神社を含め白山の所在地一帯は観光の名所ともなっており、「白山」の文字が産地又は販売地を表示している商品が販売されていることが認められる。また、《証拠省略》によれば、本件商標中の「雲竜」の文字は、「雲の中の竜」あるいは「雲に乗って昇天する竜」を意味することが認められる。

さらに、本件商標の称呼についてみるに、本件商標は、拗音を加えて八音であり、これを全体として称呼する場合、一連に称呼するにはいささか冗長であり、本件商標が「白山」と「雲竜」の二語からなるものであるところから、「ハクサン・ウンリュウ」と二つに分断して発音される可能性があると認められる。

以上の事実によれば、本件商標中の「白山」が産地又は販売地を表していると解される場合があり、また、称呼の上からも「ハクサン」と「ウンリュウ」とが分断して発音されることがあることからすれば、本件商標中の「雲竜」の文字部分のみが、独立して認識されることもあるといわなければならない。

してみると、本件商標から「ウンリュウ」の称呼及び「雲竜(雲の中の竜)」の観念が生ずるものと解することができ、一方、《証拠省略》によれば、引用の各商標から「ウンリュウ」(雲の中の竜)の称呼、観念が生ずることは明らかであるから、本件商標は引用の各商標と称呼、観念において類似するといわなければならない。

したがって、本件審決が、「本件商標は、単に「ウンリュウ」(雲の中の竜)の称呼、観念が生ずるものであるということはできないものであるから、該称呼、観念において、引用の各登録商標に類似するものということができない。」と認定判断したことは誤りである。

三  被告は、「白山雲竜」と表示した場合には、地域ないし地名としての白山を想起するものではなく、神聖な山としての白山を背景にした雲の中の龍あるいは霊山として名高い白山に棲む雲の中の竜を観念する旨主張する。

しかしながら、仮に本件商標から被告の主張するような観念が生ずるとしても、これとて「白山」が白山ないしその周辺の地名を表示するものとして識別力が弱く、また、本件商標から被告主張の観念が一義的に生ずることを認めるに足りる証拠もない。したがって「白山」に比べ識別力の強い「雲竜(雲の中の竜)」に重きがおかれ、結局「ウンリュウ」の称呼、観念を生じる引用の各商標と類似するものであるといわなければならない。

また、被告は、菓子類については、「白山」の文字のみをもって構成される商標も登録されており、「白山」は商標としての顕著性を有するものである旨主張する。

確かに、《証拠省略》によれば、「白山」の文字を縦書きしてなる、第四三類「菓子及び麺ぽうの類」を指定商品とする登録商標が存することが認められるから、「白山」は商標としての顕著性を有することは認められるが、「白山」の文字が他の識別力のの強い文字と合わさった場合、例えば、地名を表示するものでもなく一般名称でもない「雲竜」の文字と合わさった場合には、「雲竜」から「ウンリュウ」の称呼、観念を生じる場合があるといわねばならず、したがって、「白山」が商標としての顕著性を有していたとしても、「白山雲竜」の商標から「ウンリュウ」の称呼、観念が生じないとはいえない。

さらに、被告は、「白山」は、霊山として著名であり、「雲に乗って昇天する竜」を意味する「雲竜」とは観念上熟語的意味合いが認められ、構成上も主従・軽重の差なく表され、また「ハクサンウンリュウ」は決して冗長ではなく、一息に自然に称呼され、「ハクサン」と「ウンリュウ」の二音節に分断して発音すべき合理的理由は存在しない旨主張する。

しかしながら、本件商標が、構成上主従・軽重の差なく表されてはいるものの、一連に称呼するにはいささか冗長であることは前記認定のとおりであり、また、本件審決が認定判断するとおり、「白山」と「雲竜」とに観念上熟語的意味合いは認められないが、仮にこれが認められるとしても、商標の観点からみる限り、前記のとおり、観念において主従・軽重の差が認められ、したがって、「ハクサン」と「ウンリュウ」の二つに分断して発音されることもあるといわなければならない。

したがって、被告の主張はいずれも理由がない。

四  よって、本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 元木伸 裁判官 西田美昭 島田清次郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例